※私の過去のテーマ作品を読んでいない場合、意味判らない度が八段階中の五から八へと跳ね上がります。

「もし、其処を行く人」
「ん?」
 呼び止められて、振り向く。見るとそこには怪しげな格好をした、いかにもな占い師が居た。紫色のフードとか良く見えない顔とか水晶球とか。辻占い師って本当に居るのか。俺は初めて見た。そもそも本当にこんな胡散臭い辻占い師というものが居ていいのか。むしろ不審者だぞ。
「お主……これから大きな災難に遭うぞ」
 良い占いなら信じるが、悪い占いは信じない。こういうのはあまりに一喜一憂しすぎず、参考程度に受け取っておくのがコツだ。その旨を、軽く告げようとした時だった。
「我の刀ァァァァァ!」
 何だか優しそうな顔した人が恐ろしい剣幕で近寄って来て。……俺は、辻占い師の言う事を痛感せざるを得なかった。

「……人違いじゃありませんか?」
 大体この国には銃砲刀剣類所持等取締法というものがありまして、刀なんて持ってたらお縄なんですよ?善良な一般市民の俺が持ってるわけ無いじゃないですか。五センチ五ミリ超の刃物。
 これで何とかなったと思いきやそうでもなかった。怪しいおっさんは尚も俺のことを見つつ喚き散らすのだった。……無視しよう。
 これが今日の俺の運勢だというのなら俺は泣く。もう泣きそうだ。泣いて良いですか。
「わらわは愉快で良いと思うぞ」
 ……また変な奴が現れた。あなたは裸に荊なんか巻き付けて猥褻物頒布罪ですか。というより俺は男であなたは女。目の遣り所に非常に困るので服を着てくださいませんか服を。
 というより口調の割りに幼いですね、このままだと俺が変質者扱いされてしまいます……お願いだから服を着てください。
 ……あーもう、どうでもいいや。
 非日常の連続に疲れてきた俺は、変なおっさんが寄ってきても裸同然の少女が付いてきても構うものかと半ば自棄で思った。

 諸々を無視しつつ進んでいると、なんだか修羅場のような所に出会ってしまった。
「これまた鮮やかな朱じゃのぉ」
「……暢気な事言うなぁ、お前は」
 荊の少女は至ってマイペースだった。まあ服を着てないのに恥ずかしがる様子すらない辺りそんなもんだろうな。
 というかあなたの肌からも荊で傷ついて血が垂れてるの、わかります?痛々しいのですが。
 話を戻し。細く狭い道には紅い紅い苦しげな男と、それを支える女が居た。
「そこの人。彼女を……止めてくれ。追って僕も行くから」
 案の定話しかけられた。二度ある事は三度ある、予定調和というやつだ。
 刺されたとみえる傷口から服に滲む血。鮮やかな朱色は肌着では吸いきれず、ぽたぽたと地面に逃げている。
「そういう事です。私がこの男を連れて行きますから、何とかして時間を稼いでください。……彼女を見ているだけで良いのです、お願い致します」
 男に肩を貸している女は、なぜだか含みのある笑みを浮かべながら俺に言った。
 男の指す方では心なしか喚き声が聞こえる。しかし見ているだけで良い、と言われてもなぁ……
 刺されていて、止めてくれと言って、時間を稼げという事は。そういう事だろう?俺には血生臭い経験は無い。肉や魚を下ろしたくらいだ。
「大丈夫です、誰も死ななければ怪我もしません」
 そっと囁くように、女は言った。含みのある笑みを浮かべながら……こいつ、全部読んでやがる。
 仕方がない、これはきっと夢なんだ。とびきり悪い部類の。どうせなら最後までしっかり見届けてやる。
 半ば、を通り越し完全に自棄になった俺は、流れに逆らわず行ってみようと思う事にした。でなければやってられない。

「……いけ好かない女だったの。わらわは見透かしたようなあの目、嫌いじゃ」
 俺にとっちゃあなたも十分いけ好かないですがね。服を着てください。
「ほれ、見えてきたぞ。……ほー、派手にやっとるの」
 なまはげの面を被った男と、ナイフを持った少女の対峙。それは日常にはあるまじき異様な光景だった。
 ……特になまはげの方に違和感を持ってしまうのはなぜだろう。場所も季節も関係がないからだろうか。ここは東北でなければ年末でもない。
「私は何故、何故あいつを! 仲は良かったんだよ……好きだったんだ……それなのに何故殺した! 私は! 何故!」
「ちっ……落ち着けってんだ、あいつはまだ生きてるって言ってんだろが!」
 それにしても素手でよくナイフと渡り合えているものだ。すごいように見える、という感想でしかないが……なかなかの手練れなのだろうか、と思った。
 なまはげの男はナイフの女の斬撃を上手くいなしている。そこで俺はこの勝負がなまはげの男の勝ちだという事を悟った。
 実力的な問題だけではない。先ほどの血塗れた男と支える女が、ようやく来た。
「お、お前……生きてたのか……私、殺してなかったのか……」
 ナイフの女の手に握られた刃物は、力無く地面に吸い込まれた。……だから五センチ五ミリ以上の刃物は銃刀法に引っかかりますってば。
「もう心配ありません。二人に任せましょう」
 男を支えていた女は言った。……何なんだこいつ。本当に何もかも読んでやがるな。
 俺も報告しに帰るわ、とか言いながらなまはげの男もどこかへと去っていった。
 地面に落ちたナイフをまじまじ見つめて舌打ちしているのは占い師の所で会ったおっさんだ。……ついてきてたのか、あんた。
「僕は聞きたい。君はなぜ何もかもを見通せるんだ」
 ……僕?刺した女と刺された男が居なくなった以上、僕なんて一人称の奴はこの場にいなかったと思うが。
 辺りを見回す。一体何処だ、次の変人は何処にいる……?
「見通しているわけではありませんが……私は途方もない時間を観測してきました。その経験から推測しています」
 駄目だ、自称元傍観者が平然と話しかけている相手が俺には見つけられない!
「鈍いのぉ……下を見よ、下を」
 荊の少女が指す方向を見る。そこには誰も居な……いや、人は居ないが、何かがある。これは……何だ?
 思わず指で摘み上げてしまう。何とも言えない触感。それは、生きているようではあった。
「お前も……とかげの尻尾たる僕を食おうとするのか? 何故だ、猫だけでは無いのか!」
 確かにこのしっぽから声は発せられている。どういう事だ。まあ少なくとも……
「俺はお前を食べる気はない。食指も動かない」
「ふっ……ならば僕達は今から友達だ。……ポケットにでも入れて欲しい。このまま僕を持っていてくれると助かる」
 ……今度は人ですらなかった。俺にどうしろというのだ。
 仕方ないから、とりあえず持っている事にしたその時だった。遠くから聞こえる、猫の鳴き声。
「くっ……僕を食べに来たな、猫め……!」
 俺の手の上でしっぽ(?)が喋る。本当にどう発声しているのだろう、と考えていられるうちは良かった。
「おい……確かに鳴き声は猫だが。アレは……」
 轟く地響き。立ち上る砂煙。猫と聞いて思い浮かべるには無理がある大きさ、姿。化け猫……いや、猫ですらないと言わざるをえない。この世の生物とは思えない、あれではとかげのしっぽに限らず食われてしまう。まさに厄日だ……今日は本当についていない。
 戦闘に長けていると思われる人物は出払っている。残されたのは俺と荊の少女と、元観測者ととかげと変なおっさんだ。
 このままだと食われるな、と思った刹那。飛んできた赤い一閃が化け物の眉間を捉える。
「ほう、飛刀か……手練れておるな」
 荊の少女が妙に感心している。こいつ本当に何者だよ。
「ふっふっふ……ははははははは!」
 今まで比較的大人しかった変なおっさんが、大いに笑い出した。
 化け物に突き刺さった赤い刀を手に、うっとりとした表情を浮かべている。
 ……こいつ、危ない。刃物を持って笑う奴、本当に危ない。
 刀が飛んできた方向を見ると、一降りの刀を持った男が立っている。
「先生もいらしていたのですか。……また冥府へと送り返して差し上げましょうか」
「嬉しいぞ、またお前と斬り合う事が出来てな!」
 飛び交う剣閃。死を運ぶ赤と黒の閃きが目にも留まらぬ速さで入り乱れる。
 ……なんで出会って早々殺陣を繰り広げているのだろう、この人達は。というか銃刀法違反だってば制圧しに来いよ国家権力。
「……うん、ほっとこう」
「そう、あなたには先に行くべき所がある。もっとも、彼にも役割があるのだけれど……今はそっちが先」
 またこの元観測者は意味ありげな事を言う。彼女はすたすたと歩いていってしまう。
「やはり……いけ好かんのぉ」
 だから俺にとっちゃあなたもいけ好かないですってば。

 彼女の行く道が段々と、見覚えのある道となってきた。ここは……俺の変な日が始まった初めの占い師の所?
「ようやく戻って来たか……いい加減待つのにも飽きていたところだ」
 そいつはまだ其処にいた。占い師は可笑しくて仕方がないというような調子で語り出した。
「そう、我こそはこの祭の首謀者。創り、壊し、統一せし存在。私は幾つもの世界を重ね合わせ、各々の世界では本来生まれ得なかったものを顕現させようとした。しかし、未だ其れは見えない……恐らくはまだ時間が必要なのだ」
「なまはげかぶれの阿呆に聞いて来てみてば……うだうだ言ってんじゃない、気持ち悪い」
 占い師の能弁を遮る者。……また新顔か。口振りからするとなまはげの男の友人らしい。
「私も加勢しましょう。先生も送り終えました、そう思ったのに……こいつを倒さなければ我々は帰れないようです」
 いきなり殺陣をやってた人もやってきた。さっきとは違って刀を二本持っている。……送り終えた、は嘘ではないようだ。
「知っていますか? この世界の主人公。奴に呼び止められた者よ。世の中には『主人公補正』というものがあるのです」
「そうじゃ、六界の主人公が集まっておる。今こそわらわ達の力を結集し討つ時じゃ!」
 ……俺、正直展開に付いていけてない。主人公とか何の話だよ。あとあの占い師は結局何なの。
「ぐ……馬鹿な……」
 はぁ……何?何があったの一体……?頼む、皆。俺を置いていかないでくれ。
 崩れ落ちる占い師。倒れ伏し、びくとも動きはしない。
「さぁ、叫ぶのじゃ! 勝利の雄叫びを上げよ!」
 ええい、どうとでもなれ!
「「「「「「祭だーっ!」」」」」」
 彼らの叫びは遠くまで響き、こだました。
 それを後目に占い師は起きあがり……薄く笑い、闇の中へと消えた。
 ……祭はまだ、終わらない。
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