降り注ぐ雨。振り絞る声。
 陽の見えぬ天。鳴り止まぬ音。
「畜生、俺はどうすれば良いんだ!」
 少年は少女を抱えて慟哭する。
 少女は迫り来る死に身を震わせる。

 嗚呼・・・ 彼は余りにも―――


 彼の抱く最低限の美徳。それが赦す限りならば、彼は自分が生きるために何でもやった。
 ゆえに彼の手は、あまりにも穢れ過ぎてしまった。彼は痛みを抱きながら罪を犯す。
 それでも。
 それでも、神を始めとする超存在が本当にそこに居るのならば。
 例え居なくとも、宿命という輪から逃れる事が出来得るのならば。
 穢れてしまった彼の願いは届くのだろうか?
 清らなる少女は救われるのだろうか?

     ◇  ◇  ◇

 正面からそれなりの勢いを持って迫ってくる少年の拳。迫力に欠けたそれを、半身を捩り、かわす。
 そのまま一続きの動きで繰り出される左膝蹴りを、片手で受け止める。
 艶の無い、赤毛のショートボブ。
 色白な肌に、そばかすの浮かんだ顔。
 ところどころ綻びた、ぼろぼろの衣服。
 切った痕の絶えない、手足。
 そんな意味も無い観察が悠々と出来るほどに、退屈な少年だった。
 赤毛の少年と彼の動きに差がありすぎる。彼にとって少しの暇つぶしにもならない。
 ・・・つまらない。つまらなすぎる。
 相手にしてやるのも飽きた。
 赤毛の少年が懲りもせず放つストレートを横へ流し、がら空きとなった鳩尾へと硬く握った拳の一撃を叩き込む。
 赤毛の少年は膝から崩れ落ち、地へと伏せる。腹部を両手で押さえ、忙しなく咳き込み、激しく喘ぐ。
 息も絶え絶えに、
「クソッ、覚えてろ!」
と、チープな台詞を吐きつつ、グループのメンバーと思しき少年達に支えられながら視界から遠ざかっていった。

 その後ろ姿を見、彼は思う。他の人間と馴れ合う事がどれだけ無意味な事か。
 各々が「自分」と「他人」という境界を引くからこそ、この世界は成り立っているのではないのか。
―――他人など、俺には関係ない。
 彼はその場に背を向け、街の中を歩き出した。


 彼はふと、ある店の前で足を止めた。香ばしい芳醇な匂いが鼻をくすぐる。
 夕闇を映したショーウィンドウの向こうに見えるのは、適度な焼き色が付いたパン。
―――ここに決めた。
 彼は店へと足を踏み入れた。
―――頬に大きな古傷がある顔に、淡く禍々しく笑みを張り付かせて。

「いらっしゃいませー」
 ドアが開き、カラ、コロ、と気楽な音が鳴った。そこには一人の少年が立っていた。
 頬に大きな古傷。気の強そうな雰囲気を含んだ、やや幼さを残した顔。
 その顔に、含みのある笑みを浮かべた少年が。
 少年は、備え付けの紙袋にパンを詰めている。その様子を、このパン屋の店員が怪訝な目で見ていた。
 それからまもなく、
「・・・ここのパン、貰っていくぜ」
 少年はそう言って唐突に逃亡を図った。
 突然の事に唖然とした店員は、当然のように反応が遅れ、然るべき反応をできずに少年を取り逃がしてしまった。
「ま、待て!泥棒!」
 ・・・勿論、少年が戻ってくるはずは無い。


 盗ったパンを頬張り、街を闊歩する。
 生活に必要なものを盗るのは、彼にとって日常茶飯事であった。
 とはいえ、この街ではさほど珍しい事でもない。
 この街は外観こそそれなりに立派な、それなりに栄えた、何処にでもありそうな街、といった外観を有する。
 が、実のところ治安は悪く、犯罪の起こらない日の方が珍しい。
 それもこれも市長や公務員が大雑把な上、欲望のまま動く所為ではある。
 しかしこの街には、それを正すような大人は居ない。
 なぜならば、それを取り巻く市民も大雑把で、欲望に正直だからだ。
 他人を省みず、先立つのは己の事ばかり。己に害があれば、一方的に抗議するだけ。
 市長も市民も互いに聞く耳を持たず、行われるのは果て無き机上の空論。
 よって住民の格差、慢性的な不景気などの問題は現状維持どころか悪化。
 家族に見放される少年や、財産を保てなくなる者達など、さまざまな問題も新たに生まれる。

 そう、この街で立派なのは殻だけである。中には、むしろ劣悪な真実が詰まっている。
 こんな状況が、この街では永く続いているのだ・・・


 街の外れにある小さな教会。
 街が乱雑に発展していくうちに街の中心部から離れていき、ついには見捨てられた教会。
 文字通りに見捨てられ、誰一人訪れる者はなく、神父や修道女なども居ない。
 そんな教会が彼の隠れ家である。
 彼はここで雨風を凌ぎ、睡眠をとるのだ。
 重々しい扉の前に立ち、ゆっくりと引き、開ける。何度も何度も繰り返してきたこと。
 幾度も繰り返された情景。劣悪な街を背に、彼の知る限り唯一、争いとは無縁な場所へと彼は踏み出す。
 その見慣れた薄暗い教会の中には、
―――見慣れない、白い人影が在った。


「誰だ?」
 彼が問う。しかし人影の反応は無い。
 ふと彼は気付く。その白い人影は何かに座っているようだった。
 一見して椅子か何かか、と思ったが、よく見るとそれはただの椅子ではなく車椅子だった。
 車椅子に座った白い人影は、彼の方を向こうともしない。
 彼は呆けた老婆か、と勝手に一人合点する。
 そう思いつつも彼はその白い人影の態度に腹が立ち、顔を見ようと白い人影の正面に回りこむ。
 艶のあるブロンドのセミロング。
 その白い人影の目にあたる部分には、白く生々しい包帯が幾重にも巻いてあった。
 肌は不安になる程白く、手足は痩せている。
 けれども、花嫁衣裳を思わせる純白のワンピースと、あどけなさの残ったどこか品のある顔立ち。
 それらがその少女を見る者に純然たる白のイメージを抱かせる。
―――微笑を湛えたその白い人影は呆けた老婆などではなく、文字通りに白い、少女だった。

「おい」
 彼はその少女に呼びかけた。
 少女はそこで初めて彼に気付いたかのように、口を開いた。
「・・・どなたですか?」
「どなたも何も、此処は俺の家だ」
「そうなのですか」
 彼は、自分が余計に腹が立っているのが分かった。
「・・・どうかなさいましたか?」
 判らないなら強行だ、と言わんばかりに彼は車椅子を押す。
「出て行け!」
 衝動のままに少女を教会の外に出し、さっさと扉を閉める。
 薄暗い教会の中へと戻ると、そのまま彼は眠りについた。

     ◇  ◇  ◇

 目蓋の上から感じる、弱々しく柔らかい光。独特の埃っぽい臭い。冷たい空気。
 睡眠と覚醒の狭間で、彼はぼんやりと考える。それは昨日の事。
 白い少女。けれど、それは誰?
 久方ぶりの訪問者。けれど、それは何故に?
 領域からの追放。けれど、それは本当に?
 昨日感情に任せてした事が、今ではなぜか瑣末な後悔を招く。
 他人など関係ないとは言え。
 自分こそが全てとは言え。
 それらが真理であろうとも、どこかで他人を求めているのではないだろうか―――
 彼はそこまで考えて、気の迷いだ、と自らの頬を叩いた。
 澄み渡る冷気と相まり、覚醒するには十分過ぎる痛みをもたらした。

 痛みが引いていく感覚とともに、違和感があった。
 何かと思いよく耳を澄ますと、小さな音が連続的に聞こえてくる。
 それは雨音。複数の足音が右に左と駆けているかのような、激しい雨。
 彼はどんな天気であろうとも、教会の外に出なくてはならない。
 例え盗みを働かなくてはいけなくとも、それが今、彼の生きる道である以上は。
 ・・・その道を彼が選んだ以上は。


 重々しい扉を押し開ける。外はやはり土砂降りの雨に覆われていた。
 しかし、それよりも早く彼の目に入ったものがあった。
 白い少女だ。
 微笑みを湛えたその少女は、昨日彼が追い出して放置した場所、その場所に寸分違わず佇んでいた。
 もちろん髪は濡れ、純白の衣服が身体に張り付いている。
「何してるんだ!?」
 彼はそう問いはしたが、答えを待ちはしなかった。
 言うが早いか、彼は車椅子を押し、教会の中へと戻った。


 少女への問いはそのまま今の彼の心情へと当てはまった。
 何をしているのか。昨日追い出したと思ったら、今日は引き入れる。
 彼自身にも何をしたいのかは判らなかったが、彼は引き入れる事を選んだ。
 代わりに、憎まれ口を叩く。
 かつて彼が他人を拒絶してきた時のように。
「教会の中に居るのは勝手だが、他の事は勝手にやれ。お前の事は一切構わない」
 なるべく情感をこめて言ったつもりだったが、少女は僅かにも微笑を崩さずに、
「そうですか」
と答えた。
 ・・・少女の視界が封じられているようで助かった。


 彼は今日も罪を犯す。生きるために、食べるために。
 彼とてどんな理由があろうと罪が美化されるとは思っていない。
 だが、現実。
 彼が罪を犯さずに生きることは不可能ではないにせよ難しいのだ。
 少しの金も無い。金を手に入れる手段も極僅か。こんな状況が、この街では何年も続いている。

―――そして、そんな状況が打破される兆しすらないのだ。


「多すぎたか・・・」
 彼は盗りすぎた。
 罪、という観点ではなく、食料や衣類、という観点から言って。
 パン、ハム、レタス、タオル、シャツなどなど。数えるのも億劫になる程に。
 恐らく一人では食べきれない量なのではないだろうか。
 なぜここまで余分に盗ってきたのかは彼自身も判らない。
 しかし、食べきれなければ、それはそれでどうにかして保存するか捨てるかすれば良い、とも思った。
 彼は教会の扉に手をかける。


 いつも見ていた薄暗い教会の風景に、白い少女。彼にとってやはりまだ見慣れない光景。
 長椅子に盗ってきた物を広げ、食料を幾つか持って少女の前に座る。
 彼は食料を口に運ぶ。少女は微動だにせず微笑みを浮かべている。
 彼はまた食料を口に運ぶ。少女はなおも微動だにせず微笑みを浮かべている。
「・・・なぁ」
「はい、何でしょうか?」
「何か食った?」
 朝から全く、寸分も、微動だにしていない気がするのだ。
 昨日見た時から変な奴だと彼は思っていたが、ここまで来るとさすがに、気味悪く感じる。
「いえ、何も」
と言ったかと思うと、少女の腹部から形容し難い細々とした音が響いた。
「くっ・・・」
 彼は必死に笑いを堪えようとしたが、
「・・・はははははは・・・!」
徒労に終わった。
「・・・恥ずかしいです」
 彼は、少女の頬がやや赤く色付いているのに驚くと同時に、根拠の無い安心感を抱いた。
 正直彼は、そんな些細な事に驚くほどに、人間味がない少女だと思っていた。

 一頻り笑い、ようやく落ち着いてきたところで会話を再開させる。
「何で言わなかったんだよ」
 腹が鳴るほどに我慢していた事が、可笑しくて可笑しくて仕方が無い。
「あなたが、わたしを一切構わないとおっしゃっていましたので」
 可笑しい。何が可笑しいのか解らない程に可笑しく、また彼は笑った。
「俺が悪かったよ。まぁ何かあったら言え」
 笑いながら、そう彼は言った。
 この少女の前では余計な着飾りなど無意味だ、と彼は悟ったのだ。
 毎日必死に気を尖らせていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
 数年ぶりに笑った、というのも理由の一つである。
 しかし彼自信、気付いていなかった。
―――そういった数々の理由が、自らを無理矢理欺いていたことに。

     ◇  ◇  ◇

 互いに欠けたものを埋め合うかのような日々。
 二人は取るに足らないような事も楽しそうに話した。

 朽ちかけた教会。目に包帯を巻いた少女。それは幾重にも。
 その包帯は憐憫と心配の情、少しの安堵を彼に抱かせる。
 それ――その安堵――は、穢れた自分を見られずにすむという事によるもの。
―――あなたの顔が見られないのが残念です。
 その言葉は少女にとって何気ないものであっただろう。
 しかし、彼にとってはとても強く深く突き刺さる言葉であった。

 談笑の絶えない、幸せそうな日々。
 ・・・そんなある日の夜、盗ってきた缶詰を口にしながらの会話・・・

「なぁ、そういえばお前さ・・・ どうしてここに居たんだ?」
「・・・と、申しますと?」
「いや、なんでこんな片隅の教会なんかに一人で居たか不思議でさ」
 それは、彼にとってかねてよりの疑問であった。
 視界を封じられている、しかも車椅子でなぜこんな教会の中に居たのか。
「私は・・・ 棄てられたんです」
「・・・」
 唖然。予想していたより遥かに重い回答。
 彼は手にしていたスプーンを思わず落としてしまった。
「私は生まれたときから病弱でした・・・
体の成長とともに、病気もだんだん進行していきました。
この目も、この足も。病気によって使えなくなってしまいました。
そしてとうとう、回復する見込みがほとんど無くなった、という事実を告げられました」
 これだけの過去がありながら、少女はこれまで口元の笑みを崩さなかった。
「だから、棄てられたんです」
 ・・・それどころか、今も目の前で彼女は微笑んでいる。
「・・・それで満足なのかよ・・・?」
「?」
 彼の小さな呟きは誰の耳にも届く事は無かった。
「・・・俺、寝るわ。また明日な」
「はい、また明日」
 少女は変わらぬ笑みを湛えて。


 ふと目が覚める。
 起き上がり、周りを見るとまだ深夜であるらしい事が判った。
「む・・・」
 二度寝をしようとまた横になるも、違和感を覚える。
 周りを見た時、何かが今までと違っていた。
 彼の意識は、ある異変に行き着く。
―――少女が、居ない?
 再び起き上がり、もう一度周りを確認する。
 やはり、教会からは少女の存在が消えていた。
「何でだよ・・・!」
 少女が居た辺りを見ると、埃が足跡によって拭われている部分があった。
 誰かが連れ去ったのか?
 もしかしたら自分で去ったのかもしれない。
 少女を棄てた連中だったとしたら、それはそれで良い。
 それにもともと、自分とは関係が無かった筈だ。
 ・・・そう頭では判っているのに、彼は教会を飛び出していた。

 月の見える静かな夜。
 少女はわりとすぐに見つかった。
 スーツを着た執事のような男に連れられている。
「おい!」
「・・・何者?」
 静かに、執事風の男はこちらを振り向いた。
「そいつを返せ」
 少年は怒気を孕ませて言った。
「ふん・・・ 返すも何も・・・ お嬢様は我々のモノです」
「・・・何だって?」
 お嬢様、とは聞き慣れない単語だ。
「お嬢様については色々と議論が分かれてましてねぇ・・・
 その中の馬鹿な連中どもが棄てて行ったようだ。・・・全く、手のかかる」
「勝手だな・・・」
「何か?我々の所有物をどうしようが勝手でしょう?」
と、執事風の男が言うが早いか、
「勝手だ、って言ったんだよ!」
 少年は鋭い蹴りを男の頭に喰らわせた。
 不意の攻撃に、男は怯む。
 その隙を突いて、少年は少女を連れて走り去る。
「くっ・・・ 待て、小僧!」
 その声も空しく、影は遠ざかっていった。
 男は蹴られた箇所を軽く擦りながら言った。
「『あの男』を使う、か・・・」
 不穏な空気が流れる・・・


「すまん。勝手に連れてきて」
「・・・」
 少女は答えない。
「俺も十分勝手だな。詳しい事情を聞きもしないで」
「あの・・・」
「?」
「泣いても・・・ 良いですか?」
 少年は笑いを堪えた。
「ああ。気にしないで泣けよ」
 少年は、少女の震える肩をそっと抱きしめた。
 彼の思っていたより彼女は細く、小さかった。

 静かな時が流れ、嗚咽が落ち着いてきた頃。
「嬉しかったです」
「ん?」
「ありがとうございます」
 多くは語らなかった。
 が、それだけでも十分に意思は伝わった。
 少年の胸が、痛んだ。

「俺、言わなきゃいけない事がある」
「?」
 少女は首を傾げた。
「俺・・・ 多くの罪を犯してきた」
 少年は吐露する・・・
「これまで、色々盗んできた・・・
 今まで食べさせてきた物も盗品だったんだ・・・」
 ただ、事実を吐露する。
「親を殺して、街に下りてきて・・・
 汚い事にばかり手を染めてきた。穢れてるんだ、俺は・・・」
 少女が口を開く。
「・・・これから。・・・これから、気を付ければ良いのではないでしょうか。
 犯した罪は消えなくても、その罪を背負って生きていく事は出来ます。
 だ、だから・・・ あまり自分を・・・・・ 責めない・・・ で・・・ くださ・・・・・・・・・」
 少女は緩やかに頭を垂れた。
「・・・おい?」
 少女は苦しそうに肩で息をしている。
 少年の声も殆ど届いていないようだ。
「くそっ・・・」
 病気。ここにきてその存在が大きな障害となった。
 何の病気かは判らない。助かる見込みも殆ど無いと言っていた。
 ・・・が、何かしてやれる事があるはず。
 そう信じて彼はまた、少女を連れて夜の街へ飛び出した。

     ◇  ◇  ◇

 求める。叫ぶ。
 少女が助かる術を。助けを。
 しかし返ってくる声は響いた自分の声。
 あてもなく街を走り続ける。
 けれど光明は見えない。
 ただ純粋に求めている。
 けれど、答えは見つからない。
 いつしか、街を水のカーテンが覆っていた。

 降り注ぐ雨。振り絞る声。
 陽の見えぬ天。鳴り止まぬ音。
「畜生、俺はどうすれば良いんだ!」
 少年は無常さに慟哭する。
 少女は迫り来る死に身を震わせる。

 嗚呼・・・ 彼は余りにも―――
 余りにも、手を穢してしまったのだろうか?
 求めれど与えられず、救われない。


 彼の抱く最低限の美徳。それが赦す限りならば、彼は自分が生きるために何でもやった。
 ゆえに彼の手は、あまりにも穢れてしまった。彼は痛みを抱きながら罪を犯す。
 それでも。
 穢れてしまった彼の願いが届くのならば。
 清らなる少女が救われるのならば。
 この世は、ある種の希望に満ちているのだろうか・・・


「・・・お前か?」
 不意に声が響く。
 その声に振り向くと、白いコートの男が立っていた。
「・・・何だよ」
 不快感を隠そうともせず、少年は答えた。
「ある者の命を受け、お前を消しに来た」
「ちっ・・・」
 少年が攻撃を仕掛けようとした刹那。
「無駄だ」
 真後ろ、すぐ近くから声が聞こえた。
「お前では私に勝つ事は出来ない」
 背筋に寒気が走る。
「答えろ、少年・・・ お前はこの少女をどうするつもりだ?」
「俺は・・・」
 少年は一瞬逡巡した。
「俺は、こいつを護る。もう罪は犯さない。
 いくら苦しくても、何があっても、絶対に。
 俺が勝手に決めた事だけど・・・ もういい。
 エゴイストと言われようが何と思われようが、もう決めた」
「ふっ・・・」
 白いコートの男は笑った。
「良い答えだった、少年。私から良い物をやろう」
 白いコートの男は何かを少年に向けて投げてよこした。
「その病気を良くする薬だ。ただし、決して悪くはならないが、完全に良くはならない。
 あくまで、ある程度止めるだけ・・・ 無いよりはマシだろう。後々しっかり治療してやれ」
「・・・俺を、殺さなくていいのか?」
「何、取るに足らないつまらない奴らだ。私はもともとこの為にこの話に乗った」
 白いコートの男は意味ありげに言った。
「・・・助かった。じゃあな」
 少年は男に背を向けて去っていった。
「じゃあな、少年」

「・・・この世界は、これで大丈夫だな」
 白いコートの男が立っていた場所に、声だけが残った。

     ◇  ◇  ◇

「・・・大丈夫か?」
 そんな声で、薄れていた意識が引き戻された。
 わたし達は、それは盛大に泣いた。
「絶対に治してやるからな」
 彼の心強い一言が、今でもわたしの心に残っている・・・
 彼とわたしは、寄り添って生きる。


 この街は外観こそそれなりに立派な、それなりに栄えた、何処にでもありそうな街、といった外観を有する。
 が、実のところ治安は悪く、犯罪の起こらない日の方が珍しい。
 それもこれも市長や公務員が大雑把な上、欲望のまま動く所為ではある。
 しかしこの街には、それを正すような大人は居ない。
 なぜならば、それを取り巻く市民も大雑把で、欲望に正直だからだ。
 他人を省みず、先立つのは己の事ばかり。己に害があれば、一方的に抗議するだけ。
 市長も市民も互いに聞く耳を持たず、行われるのは果て無き机上の空論。
 よって住民の格差、慢性的な不景気などの問題は現状維持どころか悪化。
 家族に見放される少年や、財産を保てなくなる者達など、さまざまな問題も新たに生まれる。

 少しの金も無い。金を手に入れる手段も極僅か。生きる事すら危うい。

―――そんな状況を打破する兆しが、うまれた。
------------------------------------------------------------
後書き。

ごめん。チープで。
毎回の事ながら勢いオンリーで書いてます。
・・・プロット書けるようにならなきゃなぁ。

「そういった数々の〜」と「互いに欠けたものを」の間が・・・
だいぶ時間が開いたんでなんだかおかしいよ・・・!
もう最後に書いたのいつだったっけ状態でしたから。
メモ残してなきゃ続きを書くことすら出来なかった。
白くて病弱な少女だけどエルとは関係ありませんよ?いくら私がサンホラーといえど。
ただ黒と白と赤が好きで、その上ストーリーのアレで重なっただけで深い意味はっ。
でも、「嗚呼・・・」とか「彼は〜何でもやった。」のあたりは・・・ 否定できない。

・・・そういえばどんな病気でしょうね(ぉぃ

ちなみに白いコートの男、あの話にも出てきたあの人です。
『大雑把な桃源郷。』トップへ