時の王が住まう城には火が灯り、夜の闇すらも霞む華やかな宴が行われていた。いわゆる舞踏会である。鐘が鳴ろうとしたその刹那、駆け出す者があった。それは王子の相手をしていた娘で、一際目を引くような美しさを持っていた。 突如として去ろうとするその娘を王子は引きとめようとしたが、人の流れがそれを許そうとはしなかった。人ごみをかきわけながら進む王子に対し、娘はすり抜けるように去っていく。二人の距離は開くばかりで、ようやく詰められるようになる頃には、娘は馬車に乗り込んでいた。 肩を落とす王子が城へと戻ろうとした時、目を引くものがあった。庭の木に、破れてぶら下がった布がある。枝のきらびやかなそれは……娘のものではなかったか? 色味、質感は王子の記憶のそれと一致していた。布を手に取った王子は部屋に戻ると唯一の手がかりを握り締め、娘を探し出すことを決意したのだった。 鳥のさえずりで王子は目を覚ました。いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。眠る前の事を思い出しながら、握っていた布を見た。そして、愕然とした。一晩中握り締めていたはずのそれは、見るもみすぼらしいものへと変わっていた。 はじめ王子は何者かがすりかえたことを疑ったが、握り締められた布を交換するのは骨を折る仕事であり、それをすりかえる事による利も浮かばなかったのでその可能性を考えから消した。しかしそうするとこの不可思議の説明がつかない。普段の生活を送りながらあれやこれやと考えをめぐらすうちに、陽はもう沈もうとしていたのだった。 瞬いてみせる星々の下、王子は布を握りながら庭の木の前に立っていた。昨夜踊った娘の、唯一の手がかりだと思った。優美な曲線を描くあの衣服の切れ端だと直感し、一晩明けて見れば薄汚い布に変わっていた。それならば、夜の闇で布を切れ端と見間違えていたのかもしれない。そもそも舞踏会で踊ったあの娘が一夜の夢であったのだろうかと王子は考え始めていた。 その時視界に入る影があった。見ると、庭には薄汚い格好の人影が紛れ込んでいた。城の警備はどうなっているんだ、守衛に後で説教でもしてやろうと思った後にはっとした。そして手元の布を見る。布切れと人影の薄汚さ……確かには思えないが色味の加減も、酷く似ているように思えた。王子はその人影を凝視する。頭から被った布で顔は窺えなかったが、裾の方が破けているのを見つけた。 王子はその人影に接近した。声を掛けると、その人影は驚いた様子で王子を見た。去ろうとしたその腕を掴まえて頭の布を下ろすと、纏った布の薄汚さからは想像もつかない端正な顔立ちが現れた。そしてその顔立ちこそが今日一日常に思い焦がれていた者の顔であり、このみすぼらしい姿こそが昨夜の娘の本当の姿なのだと悟った。しかし同時に再び会ったこの時、王子は確信したのだった。自分はこの娘に好意を抱いているのだと。 聞くと、昨夜の娘は何者かの魔法による助力を得たものであり、今日こうしてここにいるのは王子の事が忘れられずにこっそりと忍び込んだ結果だという。城の警備に問題がある事はわかったが、王子はその事に感謝したい気分だった。 身に過ぎた事を、と謝る娘に対し、王子はただ黙って娘の体を抱き寄せた。その夜から王子は夜毎に城を抜け出し、娘との逢瀬を重ねた。 葉の紅く色付く頃、王子はいつものように城を抜け出した。しかし王子が目にしたのは自分の愛した女の、変わり果てた姿だった。うつ伏せに倒れた背中に、刃物が墓標の如く突き立っていた。 天はよどみ、風が鳴いていた。王子もまた、泣いていた。葉の擦れる音、失われた血色、咲いた花々、冷たい肌。王子は長い時間、ただ涙を流していた。二度と見ることの叶わない笑みを思い、通い合わせた時間を思っては、悲嘆に暮れていた。 王子はおもむろに女の背中の刃物を引き抜くと、自分の胸へと深く突き刺した。流れ出る涙と血は入り交じり、いずれ王子と女は折り重なった。霞みがかる意識の中、王子は女を深く抱き締めた。冷たくなった女の体も、最早気にはならなかった。なぜなら、自分自身でさえ既に冷たくなりつつあるのだから。ただあの夜のようにしっかりと、零れ落ちる砂を受け留めるように抱きしめた。 こうして王子はゆっくりと目を閉じた。現世で二度と叶わぬものとなった逢瀬を重ねる為に。 ---------------------------------------- ○あとがき どっちも原典よく覚えてないです。ロミジュリは仲が悪い貴族の令息令嬢の悲劇。 シンデレラはみすぼらしい女の子と魔法とガラスの靴のお話。 前者はエロス分(猥談?)が、後者は残酷分(足斬り落とした?)があった気もします。 が、なにぶん覚えていないもので。勝手に解釈して書いてます。ググらない。 またSSか、と言われるかもしれませんが放置よりは、まあ、いいじゃないですか、あはは← こっちは秋になるまでの紆余曲折をすっとばしたせいですね。まあ、いいじゃ(略 |