どうも低血圧気味らしい私にとって朝は酷だ。
 お陰で――


SSSS_2
ノリで突っ走るアレなショートストーリー
「昨日私は何をした?」


「……冬見?」
「ふにゅぅ……」
 ――こんな理解が出来ない状態にある。
 ……いや、低血圧と関係があるのかどうかは知らないが。
 掻い摘むと、ここは私の部屋で私の布団の中のはずなのだが……目前には冬見の顔。
 ああ、あれだ。学校とかでもよく見る実に幸せそうなあの寝顔だ。
 ご丁寧にも冬見は私の腕を抱き締め、涎を垂らしている。
 健全な男子としては、腕に当たる感触がとても気になる……いやいや。
 落ち着こう、私。天井を仰ぎ見、目を瞑る。
 何があった私。むしろ何をした私?
 なぜ冬見がいる。そして互いに服装がやけに薄いのは気のせいか。
 うむ、健全な男子としてはその薄い服装から露出する素肌がとても気になる……落ち着け私。
 そういえば、昨晩の記憶が無いような気もする……
 頭が痛い。こめかみを押さえる。
 夢ならば覚めてほしい。いや、夢でなくとも覚めてほしい。それが無理ならいっそ覚めるな。
 私が冬見と? 本当に何だ私。記憶を遡れない。
 ……とりあえず布団から離れよう。邪魔をしては悪い。
 そう思ってはいるのだが、腕への抱きつき具合が半端ではない。
 嗚呼、しかし健全な男子としてはやはり柔らかいこれが無性に……私、もう死ねば良いのに。
 というか、起こしてしまったら良心の呵責が起こるであろう事が容易に想像できるほどに。
 なんて……幸せそうな顔して寝てるんだこいつは。
 笑みさえ浮かべて寝られる冬見を尊敬したい。
 寝顔を見ているだけでこちらまで幸福な気分が満ちてくる。
 愛らしいとはこういう事を言うのだろうなぁ……
 ……駄目だ。起こしてでもここは離れなければならない。
 私の理性が思いの外脆い事を確認した私は、急いで布団から出た。
 ああ、微塵も思い出すことが出来ない。何だこの状況は。
 時間を遡れたりしないか。時間というのは一説によると平面の連続と考えられる訳で……
 夢なら覚めろ。目よ覚めろ。
 目よ覚めろ目よ覚めろ目よ覚めろ目よ覚めろ目よ覚めろ目よ覚めろ目よ覚めろ……
 私が混乱して壁に頭を打ち付けていたときだった。
「フヘヘ、士牙ぁ! きのうは おたのしみでしたね!」
 部屋の扉を開け顔を出した駆侍島が、聞いたことのある言い回しで戯けた事を言った。
「黙れ、人が混乱している時に!」
 駆侍島の脛に私の爪先が吸い込まれる。
 突き指をしないように指先は曲げてある。抜かりない。
 そして鈍器による殴打を思わせる一撃を食らわせてやった。
「おぅぶふっ! 士……士牙士牙士牙シガしがシガ」
 脛を押さえもんどりうつ駆侍島。阿呆め。
「朝から賑やかだな。元気そうで何よりだ」
 突然の思わぬ人物の登場に目を丸くする。
 見ると……赤ワインを片手に上機嫌そうなカンザキさんが居た。
 グラスを回し口に含み、実に優雅に味わっている。
「カンザキさん……なぜここに?」
「ん、覚えていないのか? 士牙は潰れていたからな。しかし士牙自身も同意したぞ?
 士牙の家には家族が居ないと言うので、気を遣わずに済むだろうと皆で上がり込んだ。
 訓練の疲れを労おうと、お前達はいつもの調子で騒いだりしていたな。
 その時私は退屈だったので……何気なくお前達のコップに酒を注いだんだ。あれは見物だった!」
 ……カンザキさん。あなた未成年者に酒を盛りますか。
 正直驚いた。カンザキさんはこう……遊びのない人だと思っていた。
 それが私の家にも何気なく上がった上、酒を盛るとは。
「話してやろう、酒を盛った後の事を」
 カンザキさんは楽しげに語り出した。

 うむ、美味いな。それぞれの酒特有の風味もさることながら、今日は特上の肴もある。
「俺嫌なんすよ! 禿げるの! 親父は坊主だよ? 確かに坊主だけど!
あれは剃ってないんだ……脱毛で丸くなってるんだよ! しかも油塗っててからせてるんだよ!
俺だって親父は尊敬してる。してるけど。嫌なもんは嫌だ。
嫌だ……継ぎたくねぇよ、寺継ぎたくねぇよ……! 禿げたくねぇよぉ……!」
 駆侍島が泣いているな。寺を継ぐ事と禿げる事は何の因果関係もないと思うが。
 剃るのは良いのだろうか、だとすれば継ぐ事に何ら問題は無い。
 駆侍島が滅茶苦茶なのはいつもの事だが……泣き出すとはな。
 ふと横に目をやると士牙が俯いている。
「私は……何なのだろうな……自我同一性の拡散……それに囚われて居るのか……?
嗚呼……私とは一体何だ。どこからどこまでの領域が私なのだ。嗚呼、嗚呼……」
 ……ひどく沈んでいるな。酔っているのか酔っていないのか微妙に判断しかねる。
 しかし私の知る士牙は突然膝を抱えたりはしないから、酒の影響が少なからずあるのだろう。
「士牙くぅ〜ん」
 沈む士牙に冬見がすり寄る。冬見も微妙に判断しかねるな。
 しかし私の知る冬見もまた突然猫のような鳴き声を発したりはしないから、酔っているだろう。
「私は……一体……」
 ぶつぶつと呟きながら立ち上がり、壁にもたれながら階段を上っていく士牙。
 恐らく自分の部屋に戻るのだろう。先刻他の部屋は使っていないと言っていた。
 その士牙にくっつきながら冬見が追随する。
 まぁ酒も飲ませたし、私は何があっても気にしない。
「禿げたくねぇよぉ〜っ……!」
 ……駆侍島、現実とは時に無情なものだぞ。

「そして一夜が明け……こうして様子を見に来たのだが。
服を脱ぎ捨て……誰にも言わない、安心しろ。士牙、冬見を大切にしろよ……」
 ……はい? 服装が薄いのはデフォルトじゃ……ない?
「ああ、士牙。俺も応援してるぜ……頑張れ!」
 いや待て待て待て待て。
 私が言いたいのは関係がどうこうではない。
 カンザキさんが言う事が本当だとすれば、カンザキさんが見たのは部屋に戻るまで。
 そしてその時はここまで服装が薄かったわけではないらしい。
 部屋に戻ってから今まで、誰も知り得ぬ空白の時間。
 本当に……昨日私は何をした……!?

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○あとがき
この小話は最初から最後までかなり初期から頭の中にありましたが……何で書かなかったんだろ?
まぁたまにはラブコメ的?展開も良いじゃないかと!
第六話のちょい鬱かも展開を考えるとね。このタイミングが。
でも今、この話の派生を思いついたんだよね……ふふふー。また鬱かも!(笑)
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