人工に彩られた無機質な街。
人類の欲を表すかのような光。
その光によって、影が浮き彫りにされる。
影より出で、喰らい、影へと還る。
異端な影は徘徊し、陰謀は影に潜む・・・
Shadow.
第一話「異常」
夏の陽射しが目に眩しい。
朝の澄み切った空気を肺へと送り、今日も今日とて走る。
まだ喧騒とはほど遠い、朝の時間。
爽やかと言える雀のさえずりにも、耳を傾ける余裕は無い。
そう、私は走らなければならない。
「おぉ、士牙もか?」
馬鹿が馬鹿を隠しもせず馬鹿げた第一声を発した。
背後から追うように走ってくる馬鹿は一応友人ではある。
「ああ・・・」
毎朝毎朝・・・
自分でもなぜこうなるのか疑問である。
走らなければ、この先には試練が待ち受けているに違いないのだ。
「おはよー、元気?」
もう一人、後ろから駆け寄ってくる人物がいた。
「元気ではあるが・・・」
・・・なぜ君がそうも元気を振りまけるのか不思議でならない。
―――と、そのとき、私はある音を聞いた。
今、最も恐れていたその音。
「あーっ!」
左隣の娘も、
「何っ!?」
右隣の馬鹿も、恐れていたに違いないその音。
「始業チャイムだ・・・」
コースは校門までの直線。
しかし、さすがに間に合わないだろう。
チャイムが鳴り終わった今、ようやく校門が見え始めた。
◇ ◇ ◇
「―――またあの三人か・・・?」
男が声を発した。
その空間は静まっていた。
顔を伏せて苦しげな表情をしている者が大多数を占めている。
静寂を破ったのは、唐突な戸の開閉音だった。
「すんません、遅れましたーっ!」
開閉音と同時に青年の声が響き、三人の人物が姿を表した。
男性二人と女性一人。
息を切らしていると言う事は、恐らく走ってきたのであろう。
「はぁ・・・」
その三人を見て、男は溜息をついた。
「・・・まぁ見逃してやるが、もう少し静かに入ってきたらどうだ・・・」
教室中の苦しげな忍び笑いが、爆笑に変わった。
◇ ◇ ◇
「ったく、あんな笑わなくても良いだろーに」
馬鹿が呟く。
この馬鹿の名前は駆侍島 黄然(くじしま おうぜん)。
人間離れした体力を持つ馬鹿だ。
「もう毎朝の日課になっちゃってるよねー、遅刻・・・」
この娘は冬見 深雪(ふゆみ みゆき)。
少し世間とずれた才女である。
「ああ、朝峯先生には感謝しなければ・・・」
そして私は士牙 有一(しが ゆういち)。
一応、普通の高校二年生を自負している。
普通でないとすれば、私が気付いていないか、周りが変かのどちらかだ。
◇ ◇ ◇
特記する事と言えば試験結果が返ってきた、くらいしかない一日が終わった。
世間一般では腐れ縁、というらしい三人での下校。
不変であることは果たして良い事なのか、悪い事なのか。
「二人とも、試験の結果はどんな感じだ?」
ちなみに私は平均70点。まぁ恐らく大丈夫ではあるだろう。
「俺、平均10点」
まぁ馬鹿は馬鹿なりに馬鹿であるらしい。
「私はお前が進級できた事が何より不思議だ・・・」
「あ、わたしも思うー」
「容赦ねぇなぁ」
事実を突きつけて何が悪い。
むしろこの馬鹿にはもっと現実を見せるべきだ。
「まぁ馬鹿は馬鹿か。冬見は……聞くまでもないか?」
「全く、羨ましいぜ」
「えへへー」
冬見ならばなんとなく納得はできる。
駆侍島ならば・・・ 命を賭けてもいい、断言しよう。絶対ありえん。
冬見はなぜか「点数は取れるが活かせないタイプ」な感じが否めない・・・。
・・・失言、失言。
「あ、わたし用事あるからここでー」
「ああ」
「気ぃ付けて帰れよー」
冬見は腰にも届く黒髪を揺らし、すぐ脇の角を曲がっていった。
「ふふふ・・・」
馬鹿が気色悪い笑い声を上げている。
「冬見もまぁ良い感じに育っ」
「本人が居なくなるなり猥談か、お前は」
馬鹿の鳩尾に一撃。
全身のバネを活かして拳に体重を乗せるのがコツだ。
「ふっ・・・ 良い拳持ってるじゃねーか・・・」
幸せそうな表情で、泡を吹きながら馬鹿は倒れた。
ちなみに復帰までには十秒の時間を要した。
◇ ◇ ◇
そうこうしているうちに駆侍島家に着いた。
「しかし・・・ 相変わらず見えないな・・・」
「まー、寺だから当然ちゃあ当然だけどなー」
寺ならば確実にこのありえない段数の石段が存在するのだろうか。
寺ならば確実にその石段で寺自体が見えないのだろうか。
「じゃあ、また明日な」
「あぁ」
馬鹿は四十五度近い傾斜のある石段を、四段飛ばしで駆け上がっていった。
・・・真似できん。
さて、日も暮れてきたし寄り道はしないほうが無難だろう。
私は自分の家へと歩き始めた。
◇ ◇ ◇
思わず足を留める。
夕日に透かされた桃色の花弁が、ある種幻想的な光を放つ。
桜が爛漫と咲き乱れていた。
この灘澄市は人工に埋め尽くされた街だ。
だからこそ、このような桜の木は貴重であるし、感動も少し増す気がする。
ある程度都会ではあるのだが、私は一般的に言う田舎の方が好きである。
あの二人と出会った五年前はまだ自然も溢れていた。
それが急速な開発によって変貌した。
この桜の木も例に漏れず倒され、自然は失われてしまうのだろうか。
・・・ふと我に帰ると街灯が点き始め、辺りは夜のそれへと姿を変え始めていた。
◇ ◇ ◇
街灯に照らされる小路地。
この小路地は街灯の間隔が広く、半端に照らされて余計不気味に感じる。
いっそ街灯を無くして暗闇にした方が、と思ったがそれはそれで嫌でもある。
「む・・・?」
先の街灯の下に何か黒い人影が見える。
目の錯覚である可能性も否めないが、その黒い人影がうずくまっているように見えた。
その黒い人影に駆け寄り、声をかける。
「大丈夫ですか?」
・・・返事は無い。
黒い人影がうずくまっている、というのは正しい。
次は直接体をゆすってみることにする。
今度はその黒い人影は反応を見せてくれた。
「ク・・・タ・・・」
「?」
よく聞き取れなかった。
掠れた低い声。
だが、次のは良く聞き取れた。
「クいたイ・・・ クイタい!」
「喰いたい」。確かにそう、発していた。
黒い人影は突然叫び、私に喰らいつこうとした。
―――そこに、金の一閃。
黒い人影の背後、私の正面から何かが飛んできた。
それは黒い人影の背中に刺さり、黒い人影は違った色合いの叫び声を上げる。
「遅かったか・・・」
暗闇の中から、ぼんやりと白く輝くコートを羽織った人物――声から察するに男――が姿を現した。
「動くなよ」
私に向けたらしいその言葉は、抵抗する事の出来ない力を持っていた。
「『束縛せし金・・・』」
男が何やら言葉を発し、何かを投げた。
男の手から金の線が二本延びる。
その線自らが光を放ち、黒い人影に吸い込まれていった。
黒い人影は全身漆黒。
本来影が出来るべき場所が蒼く昏い光を帯びている。
黒と紺のコントラスト。
しかし眼球だけがやや眩しい程の赤を有していた。
瞳の区別も無い、塗りつぶされたような赤。
その黒い人影に、金のダガーが三本、それぞれ等しい距離で刺さっている。
「『縛れ!』」
男がそう叫ぶと、ダガーを頂点とした逆正三角形が浮かぶ。
金色の波動が中空を伝う。
黒い人影は金の三角形に縛られ抵抗する術をなくした。
「―――散れ」
男はそういうと、銀の一条の光を手に、黒い人影へと詰め寄った。
下から上への綺麗な一閃。
黒い人影の眼球にあった赤は、だんだんと液化。
窪みからみるみる垂れて行く。
全身のコントラストは吸い込まれそうな黒に。
そのまま全身は崩れていく。
黒い水面になるが早いか、黒い人影は霧散していった。
◇ ◇ ◇
「・・・今のは一体・・・?」
こちらが問うと男は軽く笑みを浮かべて言った。
「名前の交換が済んでいないだろう?私は・・・ カンザキと名乗っている」
それは、先ほどまでとは違う男ではないかと錯覚させるほどの態度だった。
名乗っている、というのは本名ではない、という事を意味するのだろう。
「士牙 有一です。さぁ、お願いします、カンザキさん」
「うむ、多少説明させていただこう」
「あの怪物は人の思念のなれの果て。
特に負の思念の具現化。それを我々は魔影と呼んでいる」
「我々」か。カンザキの背景にはまだ何かあるようだ。
「む?今日はここまでだ。これ以降は・・・ そうだな、明日にでも」
「・・・逃げ、ですか?」
不信感を顕にして問う。
「逃げはしないさ。今日はもう遅い、という事だ。」
言われて腕時計を見ると、短針は11の数字を指していた。
「明日の放課後にでも南の海岸に来い。駆侍島や冬見嬢も連れて来るといい」
そう言いながらカンザキは私の横を通り歩いていった。
はっとしてすぐ振り返るが、そこにカンザキはもう居なかった。
◇ ◇ ◇
非日常との接触。鮮やかな金と銀。散り行く黒。
瞼に焼きついた光景は、そう簡単には離れてくれなかった。
白いマントを羽織った男・・・ 名前は・・・そう、カンザキ。
カンザキのセリフを反芻する。
大切そうな内容は確か二つ
人の思念のなれの果て、魔影。
明日の放課後、南の海岸。駆侍島と冬見も―――
―――待て。
カンザキの前で名前を口にした覚えは無い。
となるとカンザキは駆侍島と冬見に先に接触していたのか・・・?
いや、不思議な事でも無いのだが・・・ 明日聞いてみる事にしよう。
その日は先刻の光景のお陰で、なかなか眠れなかった。
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○あとがき。
結局復活しましたShadow.。
色々な実験を兼ねて、という意味合いは相変わらずですが、変わった部分もあります。
@設定とかが一部変わっていたりする。
基本的なのはそのままなのですが。駆侍島に至っては名前変わりかけました。
まぁ未公開も多かったのでこれはさほど重要じゃありませんね。
A書く目的が変わっていたりする。
他サイト様への投稿小説ではなくなりました(挨拶代わり、となっていた)。
よって「さくっと」→「じっくり」へと規模がやや拡大。これもさほど重要じゃありません。
B書いてる人間のレベルとかステータスが変わっていたりする。
これ重要。馬鹿は馬鹿なりに馬鹿らしく進化し続けるのです。
数ヶ月の時を経て、文章レベルやら思考回路やらが変化しました(強化や改善ではないのがミソ)。
あー、馬鹿は馬鹿なりにって・・・
狩魔冥か・・・
まぁいいや、使いまくろう(何)
ストーリーに関係ない短編も織り交ぜてまったりと書いていきたいと思います。
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