―――狂おしき太陽を覆い隠す暗雲。
   街には吹雪が吹き荒れ、氷像となった人々の姿は悲愴の陰を街に落とす。
   冷たい、高らかな嗤い声が街にこだまする。
   宙で嗤う女は長い黒髪を靡かせ、私に指を向ける。
   そして指先で集中した力は矢尻のような形となった。
   無慈悲なまでに鋭く、無慈悲なまでに硬く冷たいその刺は。
   やはり無慈悲なまでに容赦なく、私の体を貫いた―――


     ◇  ◇  ◇


「ッ・・・!」
 身体に走る悪寒。
 それは私の意識を一瞬にして覚醒させた。
 ・・・妙に現実味を帯びた夢だった。
 勿論、現実には有り得ないような内容ではある。
 だが、昨日の出来事のせいもあるのだろうか、強制的な説得力のようなものを孕んでいた。
 ―――まぁ所詮、夢は夢か。
 ・・・しかし、久々に見た夢が悪夢とは。
 枕元の時計は、活動するにはまだ早い時間を指していた。
 ・・・寝よう。


     ◇  ◇  ◇


 ・・・馬鹿か私は。
 短針と長針を見間違えるとは・・・
 恐らく、眠りへと堕ちる胡乱な状態で時計を見たためだろう。
 せめてそうであってほしい。
 結果、今日も走っての登校となる。


第二話「協力」


「え?カンザキさん?」
 冬見がきょとんとしながら聞き返してくる。
「うーん・・・ お父さんがそんな感じの名前の人と話しているのを聞いたような・・・」
「そうか・・・ 駆侍島は?」
「俺の方もそんなもんだ。聞いた事があるような気がする」
 ・・・と言う事は、少なくとも本人達は面識が無いのか。
 親とのつながりがあるのか、それとも・・・
 ・・・それは、今日会えば判る事か。
 丁度良く鳴った始業のチャイムに倣い、意識を授業へと切り替える。


     ◇  ◇  ◇


「学食はロマンだぜ!」
 そんな事をぬかしながら駆侍島は駆ける。
 廊下で、階段でと数人吹き飛ばした気がするが気にしない。
 後ろに冬見も居るが気にしない。
 しかし・・・
 なぜ私まで走っているのか、少しは気にしたい。

 確かに私も購買でパンを買って食べる。
 だが、この学校はどうしたことか生徒数よりもパンの数の方が多い。
 全校生徒が一人4個程買ってようやく無くなるくらいに多い。
 広さも然り、全校生徒を収容してなお余るくらい広い。
 食堂のメニューにしても、安い、早い、旨いと三拍子揃っている。
 よって、急ぐ理由はないはずなのだ。
 ―――そんなに大量の食料をどう捌いているのかは、気になるところではあるが。
 これだと普通の学校等よりゴミが増えているはずなのだが、実際はそんなことも無いらしい。
 ・・・閑話休題。
「駆侍島・・・ なぜ私たちは走っているんだ?」
「ん?そりゃもちろん新しい出会ごふぉあ」
 うむ、綺麗な後ろ回し蹴りが決まった。


     ◇  ◇  ◇


 四月初頭、南の海岸。
 海から寄せる空気は未だ多少の冷たさを帯びている。
 水平線に沈みかけた太陽。
 朱い光を海面が反射し、煌煌と小さな光が無数に浮かぶ。
 そんな美しい一枚の絵に、後から足されたかのように不自然な白。
 その白いコートは、自ら輝いているかのように、夕陽の色を跳ね除けていた。

「む?来たか」
「さぁ、カンザキさん。昨日の続きをお願いします」
「うむ・・・ とはいえ、今説明できる事は少ないのだがな・・・」
 と言い、カンザキは苦笑した。

「その前に。冬見嬢と、駆侍島の息子。私はカンザキだ、宜しく」
「よ、よろしくお願いしまー・・・す?」
「ん?なんで俺達を知ってるんだ?」
 それは私にとってももっともな疑問だ。
「うむ、君達の親と知り合いでな。君達の事もある程度は理解しているつもりだ」
 良い方の予期であったようだ。
「単刀直入に言おう。この街で陰謀が渦巻いている。止めるのに協力をしてくれないか?」
 極めて真剣な顔つきで、真っ直ぐに。
 陰謀が渦巻いている、とカンザキは言った。
「!?」
 昨日の不可解な事に対して、何らかの説明を求めていたのだが・・・
 いきなり何かを頼まれるとは予想外だ。
「この街には最近、魔影が多い。しかも、映写体のみ、と種類も限られて、だ。
もちろん危険を伴う。だが、君たちなら確実に私の力となってくれる。是非、協力してほしい」
「待った、カンザキさん。映写体、というのは?」
「映写体は、言わば『魔力』というスクリーンに『思念』という像が写ってできる魔影だ。
この種類のみが増えると言う事はすなわち・・・」
 まさか。
 昨日の出来事によって、私の中で「常識」などという概念は少し薄れている。
 その私の行き着いた結論が正しいとすれば、これは・・・
「まさか、人為的にあんな怪物を作り出している人物がいるとでも?」
 この結論にしか行き着けまい。
「そうだ」
 その結論を、カンザキはいともあっさりと肯定した。
「どうだ・・・ やってくれないか?」
 そんな話を聞いて、黙っていられる訳もあるまい。
 なぜなら私達は、密かに血の気が多い。
 ・・・駆侍島は密かでもないか?
 私達は静かに、されど確かに首肯した。


     ◇  ◇  ◇


「・・・皆、ありがとう」
 恐らく。いや、ほぼ確実に。
 このカンザキさんは私達に害を及ぼす気は無い。
 そんな根拠の無い確証めいた確信をもって。
「さて。魔法なり、魔影なり、説明するべき事は多いのだが・・・
百聞は一見にしかず、か。説明が必要と感じた際に随時説明する。
我々の、新人育成用の武器を渡しておこう」
 そう言って、カンザキさんは三振りの剣を中空から出した。
 余分な装飾の無い、至ってシンプルな形。
 長さは、八十センチメートルほどだろうか。
 手にすると不思議と馴染み、驚くほど軽かった。
「人間に対する殺傷力が極めて低く、魔影に顕著な効果を発揮する。
『治癒』と『守護』の魔力付加があるから、怪我をしてもある程度は軽減できる」
 ・・・なんだか、説明されても全然解らないのですが。
「そして、高い魔力伝導性がある・・・ と言っても、解らないか・・・」
 いえ、さっきの説明も十分解らなかったので問題無い(?)です。
「色々と応用が利く武器だ。試しに、その剣を持って『要らない』と強く念じてみろ」
 ・・・要らない・・・
「あ、消えた」
 そう言葉を発した冬見の手を見ると、確かに、握られていたはずの剣が消えていた。
「そういう事だ。今日はこのくらいにしておこう」
「ちょっと待った、カンザキさん。協力とは具体的に何を?」
 それが解らなければ協力のしようが無いと思うのだが・・・
「まだあっち側の動向が不明瞭だから、迂闊に大きな動きはできない・・・
だから、魔影を見つけたら倒す、といった程度だ」
 どうやら、うまく掴めていないようだ・・・
 暫くは魔影との実線稽古、と相成りそうだ。
「・・・両腕の亡い男には近付くなよ」
 それは、カンザキさんの言葉としては珍しく、怖気の走るものだった。


--------------------------------------------------------------------------------
○後書き

よし。なんとか2話まで書けた。
ここからはリライトじゃなく普通に執筆作業だねぇ・・・
1話と2話は結局「書き直し」だからなぁ・・・
どんなのができるかは作者もわからないw

番外編を多く交えて、本編では魔影と陰謀に終始する予定。
私の好きな、死神とか悪魔とか吸血鬼とかはまた別のオハナシで。
『大雑把な桃源郷。』トップへ 次へ