振り下ろし、振り下ろし、突く。
それらを横に流されて無防備になる。
……と見せかけ、馬鹿の一閃を受け止め拳で鳩尾にカウンター。
「おい士牙……そりゃねぇだろ……」
馬鹿は緩やかに崩れ落ちた。
「はい、士牙くんの勝ちー」
◇ ◇ ◇
―――その数秒後。この回復の早さ、さすがは馬鹿か。
「対魔影用の練習、その上での組手だろ? これ」
それがもっともな名目、目的ではあるのだが。
「いや、相手が駆侍島だと思うとつい、な」
俗に言う条件反射というやつである。
実に詮方なき事だ。
「……ひどくねぇか? 俺にどうしろってんだよ」
「死ねばいい」
「普通真顔で言うか? しかも即答? 俺泣いちゃうぞ?」
手のひらで顔を覆うモーションをする馬鹿。
人はそう簡単には泣けまい。
「冬見。ここのところカンザキさんが姿を現さないな」
あの日から数日、カンザキさんは現れなかった。
だからと言って何もしない、というわけにもいかない。
そう思い、私達は自主練習ということで毎日海岸に集まっている。
これが本当に効果があるのかは微妙だが、何もしないよりはやはり良いと思う。
「あの……無視? スルー?」
馬鹿の戯言。
「そうだねー、士牙くん。カンザキさんもやっぱり忙しいのかな?」
「冬見まで!?」
喚く馬鹿。
「そしてカンザキさんの言う腕の亡い男どころか魔影も見かけないな、冬見」
「おーい?」
無言、無動作で調子を取る。
そろそろ制裁の時だ。
「うん、平和だねー」
「お二人さーん?」
「五月蝿い」「うるさーい!」
声は共鳴、動作は同調。
「ぐはぁっ……これが……これが噂の……!?」
どこで噂になっているのやら。
馬鹿の体は二つの拳を受けて天高く舞い、弓なりの軌道を描きながら砂浜へと落ちた。
第三話「遭遇」
放課のチャイムが鳴り響いた。
俺は新鮮な空気を求め、廊下に出る。
あーなんかだいぶ肩凝ってるな。
……と言っても、俺は殆ど寝てたけど。
やっぱり勉強は体に悪いって。一刻も早く廃止するべきだ。
さて今日も授業は終わった。これからは……俺の時代だぁ!
「お、駆侍島! ここにおったんかー」
窓越しの太陽に向かって叫んでいたら、不意に声を掛けられた。
この声、このイントネーション。こいつは……
「どした? 不破」
この不破という男は、俺の同志だ。
なぜかやたらと気が合うため、同志だ。
同志じゃなくても同志だ。同志でも同志だ。
共闘したあの日から、俺は勝手に同志だと思っている。
きっと同志で問題ない。うん、同志だ。
「『例のモノ』や」
「とうとう、か」
『例のモノ』の準備ができたということは『あの計画』を、
「いつでも始められるで」
うむ、ここまでは至って良好……
計画の成功を天に祈るばかりだ。
「あぁ、近いうちに始めよう。じゃあな」
「またなー」
廊下を来た方へと戻っていく不破。
似非?関西弁を操る、俺に匹敵する親愛なるナイスガイ。
今日も輝いてるぜ。主にピアスが。
わりと忙しいからな、あいつ。
恐らく他にも商談が色々とあるんだろう。
主にとんでもない商談ばかりが。
以前には大王イカとかキングコブラの密輸なんてあったからなぁ……
「ふっふっふっ……」
わたしこそが しんの ゆうしゃだ!
「どうした? 駆侍島。薄気味悪い笑みなど浮かべて」
バッドタイミーング!
トリップしてたところに突然話し掛けないでくれ!
「あー、いや、不破と世間話を、な?」
「そうか」
……誤魔化せている事を祈る。
ここで誤魔化せていなければ全て水の泡だ。
「ところで士牙こそどうした?」
苦し紛れにその場凌ぎに取ってつけたように、聞いてみた。
俺にとってはそっちの方が不思議だ。
「あぁ、委員会の見回りの当番でな」
こいつ委員会なんて入ってたのか。初耳だぞ。
……いや、待て。この学校じゃ委員会に入るのは義務だったような気が……?
じゃあ俺は何委員なんだ。全然覚えてない。気付かぬ間にサボってるのか、俺。
「お疲れさん。じゃ教室で待ってるわ」
兵法三十六計、逃げるが勝ちだ。
「すまないな」
気にしなさんな、友よ。俺はいつでも待ってるさ。
とかは言わずに黙って教室に行くことにした。
気恥ずかしいし、手厳しいツッコミが来るに決まってる。
◇ ◇ ◇
「待たせた」
風紀委員の見回りを済ませ、教室に戻ってきた。
駆侍島と冬見が机に伏せて待っていた。
で。
「………」
待っていた、というか……なぜ二人とも寝てるんだ。
駆侍島と会ったのはほんの数分前、冬見は別ルートを見回っていたはず。
つまり、時間的猶予はそんなに無いはずなのだが……
まぁ、どの道暇ではあるし、とりあえず二人とも起きるまで待っててやろう。
3分経過。
「傑作じゃないか! 赤が白だ!」
……どんな夢を見てるんだこの馬鹿は。
別に誰も塩の柱になったりはしていない。
10分経過。
「大福ー……」
心底幸せそうな笑顔である。
……おい冬見、涎が垂れそうだぞ。
20分経過。
いつの間にか冬見が机に伏していない。背筋を伸ばして、座っている。
が、うつらうつらと眠っている。器用……なのか?
30分経過。
駆侍島がようやく立ち上がる。しかし目は閉じている。
そして微かに寝言を言っている模様。どうやら夢遊病らしい……?
1時間経過。
……そろそろ飽きてきた。気付けば陽が落ちかかっている。
冬見はいまだ背筋を正して熟睡中。
駆侍島も壁にぶつかりながら熟睡中。そっちは窓だぞ。
……結局、二人が目覚めたのはそれからさらに1時間ほど経ってからの事だった。
その日はとりあえず練習をせずに帰路に着いた。
◇ ◇ ◇
翌日の夕方、南の海岸。
夕陽は水平線に向かって傾き、味のある色遣いがそこにある。
「やあ。真面目に練習していたか?」
聞き覚えのある声と白いコート。
私の知る限りでこれに当てはまる人物は一人しかいない。
「カンザキさん! 一体どこへ行っていたんですか?」
「まぁ、色々とな。それよりも……」
藪から棒に本題らしき事を切り出すカンザキさん。
「嫌な感じがする……」
冬見が異常を訴えた。
「ほう、よく気付いたな冬見。魔影が発生している」
あくまであっさりと、発生を告げた。
魔影は出なかったのではなく、気付いていなかっただけなのだろう。
それを今、冬見が感じ取ったし、カンザキさんが伝えに来た。
場の空気が一瞬にして張り詰める。
「嫌な感じ、か。恐らく負の魔力を感じとったのだろうな。ちなみに映写体が一体のようだ」
映写体……魔力に思念が結びついて出来る魔影だったろうか。
実体があるけれどない魔影。悪意の具現。
「今日は、私はあえて手を出さない。練習の成果を見せてくれ」
少し楽しげに言い、私達はその魔影がいるという地点まで駆けた。
◇ ◇ ◇
……映写体が一体。映写体は像にすぎないために戦う術を持つ者にとっては弱小。
彼らはこの戦いに負ける事は無いだろう。そして彼らはある程度、感覚を掴むだろう。
魔影は強大であればあるほどに魔力を有し、故に感知し易くなる。
そして映写体が有する魔力の量は微弱、それは弱いために。
だからこそ、逆に多少存在に気付きにくい。
しかし、冬見はそれを感知した。私ですら稀に見落としかける映写体を。
冬見、か……やはり血は争えないのか……?
◇ ◇ ◇
「……本当に何かいたな。あれが魔影か?疑ってたわけじゃねえけど」
駆侍島がぽつりと漏らす。
まぁ、私も同感だ。改めて冷静に見ると尚更異様だ。
腕が刃と化した、以前に見たのとは違う形の魔影がそこにいた。
魔影は負の思念。その存在がああいった形になったということは……
ただ斬り刻みたい、という狂気めいた願望が具現化したという事だろうか。
これがある種の心の闇、誰もが抱える葛藤のようなものなのだろうか。
……などと少し魔影について考えたが、所詮はどうでもいい事。
なぜなら、魔影に対してする事は一つ。
ただ、倒すのみ。
「これは並……下手すればそれ以下だな。順番に攻撃に回り、各々感覚を掴め」
三対一。もしもの時こっちにはカンザキさんがいる。
安全な状況といえば安全な状況である。
「じゃあ俺から行くぜ!」
まずは駆侍島。
魔影の斬撃をかわし、魔影に斬撃を払われる。
一進一退の攻防、といったところ。
見るに悪くは無いが、良くは決して無さそうだ。
しかし、私も戦い慣れてはいないので笑えない……
「駆侍島、剣は向いてないな……そろそろ交代だ」
……なんと、カンザキさんのお墨付きか。
「行くよー」
普段の様子からいくと、ではあるが。
軽いとはいえ、武器を振り回すのはどうなのだろうかと正直思っていた。
しかし驚くべき事は起こる。
右から左への一閃、その刹那。
氷の粒が伴い、魔影の斬られた箇所が氷結した。
「え……えぇ!?」
出した本人が一番驚いている模様。
とうとう私か。
剣を掌に出し、握り、身構える。
相手が知性を持たぬと思しき異形だからこそ、脅かす存在であるからこそ。
私はこの言葉を念頭に置いていこうと思う。
「攻撃は最大の防御」。反撃する暇を与えずに攻めきる事ができさえすれば、あるいは。
剣道で言う面を繰り出し、牽制。
振り下ろし振り下ろし振り下ろし斬り上げ突いて一閃。
なおも攻撃の手は緩めない。まともに攻め込まれてはならない。
できれば一撃必殺、といきたいところだがそんな力量を私は持ち合わせていない。
だからこそ全力で、ひたすら斬る。
「怖えよ、お前……」
とは、馬鹿の台詞。
魔影、もはや立つのがやっとの様子。
その自慢の刃が役に立つ事は無くなったようだ。
寄って集っての攻撃を受けつづけていれば、当然の結果であると言える。
人の当然が魔影に通じるとは思わなかったが。
「じゃあな」
駆侍島の一閃、
「終わりっ」
冬見の凍結する斬り下ろし、
「お疲れ様」
私の突き。
魔影に刻まれた十字から闇が霧散し、溶け、そして掻き消える。
居た場所には、何も残らなかった。
「上出来だ。この短期間でここまでとは、やはり若さか?」
と言うとカンザキさんは苦笑めいた笑みを浮かべた。
それなりに筋が良い方……なのだろうか?
いや、思い上がってはいけない。精進あるのみだ。
「全く。貴様らの存在、実に目障りだ」
ふと耳に届いた聞き覚えの無い、存在感のある声。
「映写体……ふん、使えんな。脆い。脆すぎる」
吐き捨てるようなその言葉に、悪寒を感じる。
異形に正面から睨まれているかのように体が硬直する。
存在感などという生易しいものではない。
これは威圧、いや……捕縛だ。
「お前は……」
カンザキさんが反応を示した男。
両腕がもはや肩から亡い。
短く緋い髪、緋を基調とした服装。
そして筋骨隆々とした体格に、禍々しさを帯びた男。
「お前は、焔!」
「ほむら」と呼ばれた男は、含みのある笑みを浮かべた。
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○後書き
なんだか数週間?数ヶ月間?書いてなかったせいで弊害が。
流れというか勢いのようなものが思い出せず四苦八苦。
ついでに言語中枢が狂ってる気がするし設定と違ってきてるような。
まぁ深くは気にしないのがマイクオリティ?(←誤魔化そうと必死(誤魔化せてない
多分言語中枢じゃなくて思考回路が狂ってるんだろうな。
要望があった気がする駆侍島視点ぽいものを少し入れてみた。
なんか異彩を放ってるというか異色な感じだ。
『例のモノ』については・・・番外編であるかな?
てか「」多いな。
あと、カンザキの白いコートはイメージ先行です。深い意味はありません。
焔の緋を基調とした服装は「焔」から来たイメージです。深い意味はありません。
よって、気付けば赤と白がいますが某生体兵器とは全く関係ありません。
駆侍島の赤が白だ!は解る人は解ります。
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