春の夕暮れ。風がこの場を撫でる。
緋い男は朱い陽を浴びて笑っている。
その嘲笑はただひたすらに、邪悪だった。
「焔ァァァ!」
カンザキさんは叫び、手にダガ―が握られる。
冷静ではないカンザキさんを見たのは、初めてだった。
「『束縛せし金』!」
そして投擲する。『縛り』の概念を込めた短剣が、焔の急所めがけ飛んでいく。
だがそれは到達する前に地面に落ちた。
まるで弾かれたかのように。
「落ち着け……友よ。今の名は?」
「……カンザキだ」
「……そうか。神を裂くのか? それともいつもの気紛れか」
答えの代わりなのか、カンザキさんの一閃、銀の一条。
しかしその一閃すらも中空で止まる。
「ちっ……やはり未完成では……」
「カンザキよ、落ち着けと言っている」
焔はその口にあからさまな嘲笑を浮かべた。
「俺は話をしに来ただけだ。それを下げろ」
カンザキさんは仕方なく、といった様子で銀の一条を消した。
「カンザキよ……時間は無いぞ? じきに始まる。アレらは目覚める」
「! 馬鹿な……!」
「そして俺はアレをこの身に取り込む」
話が見えてこない。
焔は可笑しくて仕方が無い、といった様子で笑っている。
「んん? 見ればその娘……冬見の娘ではないか?」
焔の視線が冬見を捉える。
「良いのか? カンザキよ。貴様が、この娘を導いても」
「……恐らくはこうなる定めだった」
「血は争えぬ、か。全く貴様らしい。俺はそろそろ帰らせて貰おう。ちなみに……」
焔は間を置いて言い放った。
「三日後だ」
「何だと……!?」
哄笑を残して、焔はどこへともなく、消えた。
第四話「元凶」
もはや陽もほぼ堕ち、街に蒼い陰を落としている。
街灯もぽつぽつと白い灯りを灯し始めた。
「カンザキさん……色々と訊きたいことがあります」
「ああ。判っている……」
私は……私達は、訊かなければならない。
カンザキさんと焔との会話に生じた、違和感。
そのあからさまな疑問点を。
「カンザキさんと焔は、どんな関係なんですか」
「……あれは……」
◇ ◇ ◇
あれは、十七年程前の話。
場所はこの街だ。
駆侍島の父、冬見の母、焔、私は同志であった。
この意味では私と焔は友人だ。……かつての、な。
私達四人は魔術を研究していた。
研究といっても、そこらのオカルト好きと大差はない。
ただ、運用する方法を掴めたかどうかの違いだ。
誰もが魔力をその身に持っている。
ちなみに魔力とその運用の仕方には向き不向きがある。
駆侍島の父は、肉体の運動を補助するタイプだったな。
魔力がそのタイプに向いていたようだ。拳闘士といったところか。
冬見の母は、現象を発生させるタイプだ。
氷のイメージが得意と言っていた。魔導師といえる。
焔は、神性の力を借りるタイプ。
もともと霊媒体質に近いものがあったらしい。召喚士、あたりか。
私は、物質を変質させて概念を付与する。大体見てのとおりだ。
あまり話を長くしても申し訳無い。
端的に掻い摘んで言おう。
ある日、焔は魔に魅入られた。
奴はその魔術特性と相まり、強大な禍々しいものとなった。
何を思ったか……この街に眠る炎氷の魔神を呼び覚ました。
その炎氷の魔神が持つ、炎の力を身に宿した。
そして……この街を焼き払った。
炎の中嗤う焔を、三人で止めようとした。
結果は……焔の両腕を欠かせ魔力の大部分を封じたものの、逃げられた。
その際の犠牲者の一人となったのが……冬見の母だ。
◇ ◇ ◇
「わたしの、お母さん……」
冬見は目を瞑り、哀しげな表情をした。
「今の焔には、魔人の炎腕と魔力が残っている。完全な状態では、ない」
「待った、カンザキさん。あの男には腕は……」
「あったよ、士牙くん」
思わぬところから帰ってきた返事。
「ああ……魔力を追走できる者なら見える。例えば、魔影を見得るような」
金色のダガーも銀の一条も、見えざる炎腕によって止められていた。
私には、見えざる……炎腕に。
私は……
「私は、無力……なのか……?」
見えないのでは話にならない。
力になる事などできない。
「焔に対しては、そう言えるだろう」
「カンザキさん……やはり私は……」
役に立つ事は、できない。
「そう結論を急ぐな。焔に対しては、の話だ」
「……?」
「第一、焔相手には冬見でも力は及ばない。焔は私が倒す。だから……」
カンザキさんは一呼吸置いて、こう告げた。
「『三日後』の魔影を頼む」
「三日後……? なんかあんの?」
駆侍島が緊張感の無い声で訊ねる。
「三日後……魔神の力の封印は解け、この街に魔影がはびこる」
「なっ……!?」
「焔を倒した後、私は動けないかもしれない。
その場合街が危ない。だから私の代わりに魔影を駆除してくれ。
できれば阻止するのが一番だったのだが……時は既に遅いらしい。
私はこれから奴を倒す下準備をする。次に会うのは恐らく三日後だ」
カンザキさんは私達に背を向け、しかし向き直った。
「言い忘れていた。魔術特性についてだ。
見たところ、駆侍島はお前の父に、冬見はお前の母に、士牙は焔に似ている。
三日でものにするのは無理だろうが……少しは参考になるはずだ。覚えておいてくれ」
私が……焔と同じ?
あの、禍々しい男と。
「カンザキさ……」
「士牙、勘違いするな。力は使うものだ。だが滅ぼすか護るかは意思だ」
カンザキさんはそのまま去った。
私達も今日は各々の家に帰った。
しかしその日私は、一睡もする事ができなかった……
◇ ◇ ◇
「士牙」
焔。一目に判る邪悪さ。
身に走る魔力も禍々しく。
「おい士牙」
炎氷の魔神、その炎の力を宿す者。
神性を使役する術法。
「聞いてるか、士牙」
魔力、そこから判る魔術特性が同じ。
あの男……焔と、私が。
「士牙!」
「……ああ、悪い。駆侍島」
思考を中断する。
学校に来てみたは良いものの、身が入らない。
少し気を抜くと、すぐに考えてしまう。
「大丈夫か? 士牙」
「……問題ない」
下手な嘘だ。問題ない人間が呆けたりはしない。
「士牙。ちょっと来い」
「? もう少しで授業が……」
「良いから来い!」
駆侍島の語勢に押され、足を動かす。
校舎から出、校地から出、歩くこと数分。
「お前……こんな所にこんな物を」
……バイクだ。
ちなみに学校側ではバイクで通学するのは禁止している。
「これは処分ものだぞ」
「見つからなきゃ、良いんだろ?」
そう言って駆侍島はバイクに跨る。
「おいおい……」
「授業も処分もあるか。今のお前に選択権はない。乗れ」
「ちょっと待……」
「良いから乗れ!」
観念して駆侍島の後ろに座る。
十七歳だから免許は取っててもおかしくないかも知れない。
が、二人乗りは明らかに違反だ。逮捕・補導の危険性あり。
「自転車なんかじゃ面白くないだろ?」
そう言った駆侍島の口はにやけていた。
「全く、お前という馬鹿は……」
……と言いつつも私自身口が緩んでいる事に気付く。
ヘルメットを被り終わった駆侍島にヘルメットを渡され、私もしっかりと被る。
「……待て待て待て待て。これは幾らなんでもやりすぎだろう、駆侍島」
今、私達は道路を走っている。
……高速道路を。
素敵な伴走者もいる。
きっと良い子の憧れ。赤い光を放つ、白と黒のパトロールカーだ。
俗に言うお巡りさんがついてきて……否、追ってきている。
二人乗りで高速道路など目立つに決まっている。
「そのお巡りさんと鬼ごっこだな!」
「人の心を読むな」
衝突寸前に何度もなりかけたが、全てかわしている。
駆侍島……実は魔力による強化、既に無意識で実行しているのではなかろうか。
とはいえ後ろにはパトカー、前には車。
捕まらないためには常に間を抜けるように走らねばならない。
正直、いつトチるか気が気ではない。
「任せとけって!」
「心を読むなと言っている」
「まぁ良いだろ、そんな事。楽しいか?」
「スリルはあるな」
「士牙……前を見てなきゃダメだぜ。そして楽しまなきゃダメだ」
「駆侍島……お前このために……」
交通法規を無視したうえパトカーに追われるような真似を。
「誉めるなよ、照れるじゃねぇか」
「誉めてない。それと心を読むな」
まぁ駆侍島なりの心配なのか。
嬉しいが……欲を言えばもう少し手段を選んで欲しかった。
「さて、そろそろ帰るか」
「帰るって……お前ここからどう」
帰るつもりだ、という間もなく。
「しっかり掴まれよ!」
そう言うや否や、方向を転換し中央分離帯を飛び越えた。
そして着地、街の方向へと行く。
「駆侍島。お前はやっぱり馬鹿だ。よく免許を取れたな」
「免許? 何それ」
「……は?」
その後、何とか捕まることなくバイクを隠していた場所まで来られた。
学校に戻ると昼休憩の時間であり、その後の授業は普通に出席した。
「士牙くん、駆侍島くん。先生が言ってたんだけど、バイク二人乗りで高速を走った人達がいたって。
今日の朝頃の事だったらしいよ。危ないね」
「ん? え、あぁ、そうだな。危ないな」
「どしたの? 二人とも。目が泳いでるよ?」
「な、何もねぇって! なぁ士牙!」
「あ、ああ」
「???」
昨日とは別の意味で胃が痛くなったのは当然とも言えよう。
三人で笑っていて思ったのだ。
青臭い思いかもしれない。甘い考えかもしれない。
だが、この三人なら……友人と共にならば、いつまでも笑えるのではないかと。
瑣末な不安を胸に、私達は厳しくなるであろう「三日後」に備えた……
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○後書き
今回はわりとさらーっと書けました。書きました。
内容は……薄いような濃いような。微妙だ。
少しは急展開が始まったように見えてればそれでこちらの意図どおり。
次話からもどんどん話が進んで、たぶん第六話か第七話くらいで終わるんじゃないでしょうか。
第五話は「三日後」から始まりますぞよ。
それから当然の如く戦いに入ってあんな事とかこんな事とか書きつつエンドへ。
てか早く最終話書きたいんだよぉぉぉぉぉぉ!(ぇ
描写甘い。甘すぎる。砂糖で煮込んだカラメルのようだ(←それって砂糖です
士牙の迷いというか葛藤は突発アイデアかつ重要視してなかったのでさらっと流してもうた。
使うからには活かそうよとは思いつつ流してもうた。
プロットちゃんと書きませう。
とりあえずは後の作品にこの経験を活かそうと思う次第。
次回作はちゃんとプロット書きませう、私。
Shadowはもう勢いで。早く最終話書きたい。
このShadow、矛盾だらけな上キャラがどんどん変わっていくよ!(ぉぃ
使うからには活かす、といえば設定も使わないものとか活かせてないものがあるなぁ。
再利用できるものは再利用、かな……?
てか別の作品にもまた出てくるかもね。Shadowのキャラクター。
まだ(というか永遠の)試行錯誤の段階だし良いかな?かな?
概念を込めた……って。
今思うと奈須きのこさん……!?
概念武装という単語があったような気がするぞ……?
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